転生したのに0レベル
〜チートがもらえなかったので、のんびり暮らします〜
137 僕の呼び方とロルフさんでもできない事
「なるほど。生姜の代わりに生地に具を入れたりして作る事もあるのですね」
「うん。僕んちでは焼く前に干した果物とか入れてるよ。後ね、生姜とかを何も入れてないやつにバターやジャムを塗ったりしてもおいしいんだ」
ノートンさんにパンケーキの事を聞かれた僕は、うちでやってるいろんなパンケーキの焼き方を教えてあげた。
まぁバターに関してはその材料がみんな生クリームに化けちゃったから、実はうちで食べるパンケーキに塗った事、無いんだけどね。
それと生クリームについても内緒にしておいたんだ。
だってさ、多分普通に生クリームを作ろうと思うと凄く大変だと思うんだよね。なのに、ノートンさんが見せてくれたこの世界の泡だて器さえ知らない僕がそんなのをパンケーキにのせてるって話したら、絶対どうやって作ってるのかって聞かれるもん。
いつかは話すつもりだけど、さっきの事があるから僕はまだロルフさんに魔道泡だて器の事を教える勇気が無いからね。
「ところでルディーン君。今日はどんな用事でイーノックカウを訪れたのかな?」
そんな僕たちの横で食後のお茶を飲んでいたロルフさんが僕にそう聞いてきたんだ。
そう言えば、まだ言ってなかったっけ。
と言う訳で僕は、今日なんで来たのかをロルフさんに教えてあげた。
「あのね、村の司祭様が髪の毛つやつやポーションの事でお手紙を書いたから錬金術ギルドに届けてって言われたんだ。だから僕、それを持ってきたんだよ」
「なるほど。では何か効果が確認できたと言う事じゃな」
それを聞いて身を乗り出すロルフさん。
すぐにでもその手紙を読み足そうな顔をしてるんだけど、でもこれは錬金術ギルドへのお手紙だから、ここで渡しちゃうわけには行かないんだよね。
だから僕がそう言うと、ロルフさんは、
「仕方が無い。ではすぐに錬金術ギルドへと向かうとしよう」
って、居ても立ってもいられないような顔をしてそう言ったんだ。
ところがそれにストップをかける人が居た。ストールさんだ。
「いけません、旦那様。まだ昼食からそれ程時間が経って居りません。この様な状況で馬車に乗られては旦那様はともかく、まだ幼いカールフェルト様は体調を崩してしまうかもしれないではありませんか」
食べたばっかりで馬車なんか乗ったら気持ち悪くなるからダメなんだって。
でも言われてみたらそうだよね。馬車ってとっても揺れるもん。
グランリルの村の馬車と違ってロルフさんの馬車は椅子がやわらかいからお尻は痛くならないけど、ゆれるのは変わらないからもしかしたら気持ち悪くなっちゃうかもしれないね。
「むむ。いや、しかし……」
「旦那様」
「うむ。確かにその通りだ。ギルドに向かうのはもう少し後にしよう」
そう言われたロルフさんはちょっとごねるような感じだったけど、もう一度ストールさんに静かな声で呼ばれると、とっても残念そうに頷いたんだ。
それを見てにっこりと笑うストールさん。
やっぱりストールさんは怒らせちゃダメだね。だってロルフさんでもあんなになっちゃうんだもん。
そんな事を考えてると、不意に何か忘れてるような気がしてきたんだ。
だから何を忘れてるんだろう? って腕を組んで悩んでると、そんな僕の様子に気が付いたストールさんが声をかけてくれた。
「どうなされました? ルディーン様」
「あっ! そうだよ。様をやめていい? って聞かなきゃ」
なんか、だんだん慣れて来ちゃってたから忘れてたけど、そう言えばストールさんたちが僕の事を名前に君付けで呼んでもいいかロルフさんに聞かないといけないんだった。
「様をやめる? それは一体何の事なのじゃ?」
それに気づいて声をあげた僕に、ロルフさんはびっくりしたような顔をしながらストールさんに問い掛けたんだよね。
そしたら、
「はい。カールフェルト様から自分の敬称を様から君に変更して欲しいとの申し出がありまして。我々としてはお客様をそのように御呼びする訳にもいかず、旦那様の許可がなければできませんとお伝えしたのでございます」
ストールさんが何で僕がこんな事を言い出したのかを説明したんだ。
でも、あれ? ストールさん、ロルフさんに僕の事を君付けで呼んでもいいか聞いてくれるって言ってたけど、今の話からすると、もしかしてずっとカールフェルト様って呼ぶつもりだったのかなぁ?
それにロルフさんに言う時は僕の事カールフェルト様って言ってるし。
そんな呼び方してたらお父さんと一緒に来た時、困っちゃうと思うんだけどなぁ。
「なるほどのぉ。ルディーン君からすると、確かに様付けされるのは慣れないと言うのも解る」
そう言うとロルフさんは、長くて白いお髭をひとなでした後にストールさんに向かってこういったんだ。
「ふむ。流石に外では、ちとはばかられるが、館の中限定でと言うのであればそれも良かろう」
「しかし、旦那様」
「ライラよ。そなたの言いたい事も解る。じゃがな、客の意に沿うのも持て成しであろう? ならばルディーン君が様をつけて欲しくないと言うのであれば、そうするがよかろう」
困った顔をするストールさんに、ロルフさんは目を細めながらこう言ったんだ。
そしてちょっとだけして、
「解りました、旦那様」
ストールさんは小さくため息をついてからそう言って、僕の事をこれからはルディーン君って呼んでくれる事になったんだ。
ただね、これで話が終わったわけじゃなかったんだ。
「ところで旦那様、館の中ではと言う事は、外ではカールフェルト様の事をルディーン様と御呼びしても宜しいのですね」
「それは構わんじゃろう。事情を知らぬ者にとっては何故そのような呼び方をしているのか解らぬからな」
なんと外では僕、いつの間にかこれからも様付けで呼ばれる事になっちゃったみたいなんだ。
「え〜、なんで? 様をつけなくてもいいって言ったじゃないか!」
「いえ、人の目が無い館の中ならともかく、お客様を君付けで御呼びするなど、当家のメイドとしてはいたしかねます」
それにびっくりした僕はそう言って抗議したんだけど、ストールさんに涼しい顔でこう言われちゃったんだよね。
そんな態度に困った僕は、なんとか助けてもらおうって主ってロルフさんのほうを見たんだけど……。
「ルディーン君、すまんのぉ。ライラが当家のメイドというワードを出したときは、わしが何を言っても聞いてはくれぬのじゃよ。何せ、事は”家"に関わる事じゃから、わし個人の意見より尊重されると言ってな」
なんと、ロルフさんはストールさんの主人のはずなのに、無理だって言うんだ。
だから僕は、なんとか助けてくれる人はいないかってノートンさんの方を見ると、
「えっと、そう言えばまだ洗い物が残ってたなぁ」
なんていって、絶対目を合わせてくれないんだよね。
困り顔のロルフさんと、僕に目を合わせてくれないノートンさん。そして当然でございます! と胸を張って微笑むストールさんを前にして、僕はあきらめる事しかできなかったんだ。
良き家臣とは主人が間違った時はちゃんと指摘できる者の事を言い、そしてその家臣の進言を聞き入れることができるのもまた良き主人の条件です。
とまぁ、それは建前のような物で、ロルフさんもライラ・ストールさんがちょっと怖いと思っていたりします。
まぁ彼女が言ってる事の方が、大体いつも正しいんですけどね。